高学歴を捨てた社会不適合者の思考回路

某国立大学を卒業するもフリーターしながらやりたいことに全力出してる社会不適合者の思考を発信してます

体育会系は無意識に洗脳された社会の従順な駒であることに気づいた方がいい

体育会系が就活で有利な理由。

 

体力があり、精神力もあり、健康的。チームワークを大切にし、周りに合わせることが重要だと理解している。上下関係も問題ない。先輩には敬語をしっかり使い、指示には素直に従う。

 

なんて質のよくて使いやすい駒だろうか。能力が高い上に我を出さず、年功序列な縦社会というものに疑問を抱かないようにしっかりと"教育"されている。

 

本質はこういうことだろう。

 

部活での先輩後輩の関係をしっかり守ることは社会に出るために必要なことであり、これができないと生きていけないぞと、大人たちに叩き込まれる。

一年生は雑用するのは当たり前。二年生は一年生の面倒を見ながら三回生の言うことを聞かなければならない。三年生はただ練習すればOK。

先輩が重いものを運んでいればすぐに変わらなければならないし、みんな同じように喉が渇いていても先輩が水を飲み終わるのをまたなければならない。

 

こういった習慣はすごく当たり前のことだと植えつけられる。

 

私自身も、小学校から高校生までサッカーをしていたので、先輩には死ぬほど気をつかってきた。練習後の片付けやグランド整備をする先輩をみつけては誰が先にそれを代わりにいくかを競い合っていたし、一番最初に後輩らしい振舞いができればどこか誇らしくも感じていた。

先輩に楽をさせて自分が苦しいことを引き受けるのは、人間としてよくできたやつだと、そう思われる気がしていた。最初からだらだらしておけばいいのにわざわざ「交代します」と言う機会を作ってくれる先輩に感謝さえしていたかもしれない。

 

だが、先輩に偉そうにされるのは何故か気に食わないことに気がついた。お前に偉そうにされる筋合いはないと。

思えば、先輩の仕事を交代するのだって動作自体に価値があるように思い込んでいただけで、誰から交代するかなんてどうでもよかった気がする。というか、なぜ自ら片付けをしている先輩を見て喜んで交代しにいっているのだろう。すでに誰かが運んでいるものは放っておいても目的の場所へ到達する。先輩と倉庫やまでの距離よりも離れた位置からわざわざ走って追いつき、残りのわずかな距離だけを自分が運ぶ。

 

なんと効率の悪いことか。

 

こんなことを考えるようになってしまってからは先輩にぺこぺこすることで満足感を得ることはなくなり、そのようなことが当たり前とされている世の中というものに疑問を持つようにもなった。

 

社会全体がすでにそういった仕組みで回っているので、基本的にはその通り生活するのが無難だ。この仕組みが気にくわないからといって初対面からいきなり年上にタメ口ばかり聞いていては生きていけないだろう。敬語というすでに便利なツールがあるのにタメ口で話すメリットも全くない。

 

だが、上下関係を守ることが絶対的なものではないということは理解しておくべきだと思う。理不尽なことに対して反感を覚えた時、自分の忍耐力が足りないせいだ、なんてことは思わなくていい。

 

おかしなことはおかしいと素直に訴えるべきだし、どうしても反発できない環境なのであっても、それを許してはいけない。仕方ないと諦めてはいけない。理不尽さえも受け入れてしまうのは、「ワガママなんて言わずに周りの環境に合わせて"うまく"生きていきましょうよ。」なんていう概念が長年かけて刷り込まれているせいだ。耐えることは別に美徳でもなんでもない。

周りの目が重要に感じるのも、1つの場所で居場所を失えば生きていけないような気がするのも、ただの思い込みだ。どうしても合わない人や合わない環境なのであれば、関係が潰れる覚悟で正面からぶつかっていい。気に食わない奴からは何を思われても構わないだろう?もしそこに居られなくなっても、別の環境で生きていける。この世は呆れるほど広く、腐るほど人で溢れている。仕事だっていくらでもある。クビになったからといって死にはしない。

 

生きながら死人のように生活するよりマシだろう。

 

どうしても居場所がなくなるのが怖かったり、周りの目が気になって行動に移せないとしても、気持ちは反発し続けるべきだ。謝り、耐えながらも、おかしい、こいつは間違えていると思い続け、バカな奴は先輩であろうと見下し、ダサい老害だと思って全然いい。腹を立て続けよう。

 

そうでないと、数年後には自分が後輩に対して理不尽を押し付ける側の人間になってしまう。朱に交われば赤くなる、というやつだ。その朱色は、交わることをしても決して染まるべきでない。

 

怒りを溜めながら生活するのはしんどいように思うかもしれないが。負の感情の中では怒りが最もエネルギーのある感情だと思う。他の負の感情を抱えながら生活するよりは生命を感じながら生きていける。

エネルギーが大きい分体力的にも疲れるが、こういう時こそ自慢の体力と精神力の出番じゃないだろうか。

 

せっかく身につけている能力を、社会に利用されるだけで終わらせてはいけない。

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