高学歴を捨てた社会不適合者の思考回路

某国立大学を卒業するもフリーターしながらやりたいことに全力出してる社会不適合者の思考を発信してます

この世の不利益はすべて当人の力不足

お題「あなたの座右の銘を教えてください。」

 

マイお題?というものに初めて投稿しています。

 

私が選んだ座右の銘は、タイトルの通りです。「この世の不利益はすべて当人の力不足」。

週間ヤングジャンプにて連載中の漫画、「東京喰種(トウキョウグール)」に出てくる名言です。

 

この言葉を目にした時、感銘を受けました。

 

当時、私には不運が続いており、「なんでこんな理不尽なことが自分ばっかり…。」なんてことを考え、やり場のない怒りに囚われていたのです。

しかし、その怒りの対象は全て自分自身なのだと、この言葉を見て気づきました。

 

 

冷静に考えてみれば、連続で起こっていた不運は、本当にただの運なのか?ただの偶然か?

いや、全ての元凶は自分にあるんじゃないか。自分の能力がもっと高ければ、起こることのなかったものだ。

 

嫌なことが、不利益なことが我が身に降りかかった時、それはどうしようもなく、避けることのできない不運なことだったと、誰しもそう思いたい。自分のせいでもあるかもしれないとどこかで思ってはいるのに、それはただ小さく細かな、きっかけの一つでしかないと。

 

でも、その不利益をどうしようもできない”不運”なものに仕上げてしまったのは、やはり当人の力不足が原因なのだ。

 

これは複雑なことかもしれない。不利益を被るその時点では確かに、すでにどうしようもできないものになっていることもある。

しかし、その今起こっている不利益を"不運"足らしめたのは、過去の自分に能力が足りなかったからではないのか。過去の自分に能力があれば、今に繋がることはなかったんじゃないか。

 

"今"起こる不利益は、今の自分には防ぐことはできない。全て過去の自分の力不足によってもたらされるのだから。

しかし、そうであるならば、今の自分にできることは未来の自分に不利益を与えないように努力することなんじゃないか...。

 

不利益が起こる可能性を、不運の種となるものを、今から潰しておくことはできる。

 

そう思うようになりました。

 

 

また、不運が続くとされる原因の一つもまた、一つ目の不運が降りかかった時に、その理不尽さに甘え、未来の自分に対する努力を怠ることにあるんじゃないかなと。そうなってしまうと、次の不運の種を潰すことができずに、さらに状況は悪化する。

 

つまり、連続して不運が起こるのもまた、自分がそれを呼び込んでいるのです。

 

 

この考えを持つようになってからは、不運だと思うことが起きてしまっても気持ちの切り替えが素早くできるようになったんです。自分のせいなのだから仕方ないと、すぐに開き直れるようになりました。

 

 

しかし、この考え方を受け入れるには覚悟がいります。

何が起きても、他人のせいにせず全て自分で受け入れなければならない。

 

また、かなり自己中心的な考えでもあります。

「お前が悪かったとしても、その原因を作ったのは自分だ」と。これはつまり、誰も信用しないということですから。

他者の成長をも奪うわけです。

 

でも私には、この言葉が、考え方が性に合いました。

 

どうしようもないことで落ち込む時間なんて、無駄でしかない。今どうしようもないのは自分のせいなのだから、次は自分でどうにかしてやろうじゃないか。

 

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