高学歴を捨てた社会不適合者の思考回路

某国立大学を卒業するもフリーターしながらやりたいことに全力出してる社会不適合者の思考を発信してます

「友達と遊ぶ」なんてことは人間じゃなくてもできる

ふとそんなことを思った。

 

他者と戯れるということは、犬でもできるし、猫でもできる。

 

飲んで遊んで、自分で選択したはずの仕事に対してひたすら愚痴をこぼし、クソみたいな写真をSNSにばらまくことに必死になって日々を消費している人たちを、私はバカだと思ってる。

 

そういう人たちはすぐ、

「友達最高ッ!!」とか言いたがる。

 

 

自分の人生の中で最高の存在は、自分自信であるはずなのに。

 

今、私は人間として生きている。どうせなら、人間にしかできないことをやっていたい。人間にしか感じることのできない感情に埋もれたい。

 

もちろん、友達と過ごしたかけがえのない時間を思い出として記憶に残し、それを振り返ることや成長の糧とすることは人間にしかできないこと。

しかし同じような思い出ばかり作っていても仕方がない。そんなことすれば1つ1つの思い出は薄れていく。

思い出というのは、薄れてしまっては意味がない。その時の景色や空気感、感じたことを思い出せることが、最も重要であるのだから。

 

思い出を作ることだけに夢中になると、肝心の思い出を活かす場面がやってこない。

 

ただ感傷に浸って、昔は良かったなぁとか思うだけだ。

つまり、思い出を作ることに必死な人は、過去ばかりを振り返り、"今"が充実することはない。

 

自分は楽しく過ごしてきたという記憶を作って、自分を騙したいのだろう。

そんなものはもはや思い出とは言わない。ただの虚像だ。

 

そんな哀れな人生は、送りたくないね。

 

結局、友達と遊ぶ時間のほとんどは、その瞬間が楽しいだけで終わる。

楽しいという感覚は、簡単に手に入ってしまう。

 

でもそれは、喜びには繋がらない。

 

楽しさと喜びの間には大きな隔たりがある。

 

私は、喜びで溢れる人生にしたい。

 

 

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